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もののあはれ

同じ野の露にやつるる藤袴 あはれはかけよかことばかりも

−夕霧 

源氏物語「藤袴」より




光源氏の子、夕霧。玉鬘を姉と思っていた夕霧でしたが、その後、彼女の出生が明らかとなり、姉弟ではなかったことを知ります。それならばと夕霧は日々恋心を募らせていきます。あるとき伝言を届けにきた彼は、御簾に几帳を添えての対面ではありましたが、玉鬘に藤袴の花を端より差し入れます。そして藤袴の花を手に取ろうとした彼女の袖をぐいと引き、自身の想いを和歌にのせて訴えるのです。それが、はじめに紹介した歌でした。


「あなたと同じ野の露に濡れて萎れている藤袴です。どうかあはれをかけてくださいませ。少しだけでもいいですから…」


結果としては、この告白に対して玉鬘が取り合うことはありませんでした。ただ、この歌からもわかりますように、『源氏物語』ではコトやモノに自身の想いを寄せて表現していくのです。さらにはこの歌で用いられる「あはれ」という言葉に注目すると、『源氏物語』にはこの語がたくさん使われていることがわかります。



江戸時代の国学者、本居宣長が著した『源氏物語 玉の小櫛』での「あはれ」の説明は、まことに明快でした。それは「あはれ」というのはもともと「歎息(なげき)の声」であり、感動によって出る「あぁ」と「はれ」が重なった語だというものです。平安時代以降においては、悲しみやしみじみとした情感、あるいは仏の慈悲などを表わすようになったといいます。


なかでも、しみじみとした情感というのは限りなく多様なものですが、そのことを最もつよく印象づけたのが『源氏物語』でした。『玉の小櫛』でも「よの中の物のあはれのかぎりを、書きあつめ」と述べられています。


そして『源氏物語』では「あはれ」に加えて「もののあはれ」という言葉も数多く使用されました。「あはれ」というのは、瞬間的に「あっ」と感じて声を発します。それは一時的な現象に過ぎませんが、その情緒の体験を普遍化できたとき、それは「もののあはれ」となります。つまり、自分はどうして「あはれ」と感じたのか、それを他のことがらとの関係の中において再認識しようと努める心の動きを指すのです。


ところで、源氏が玉鬘に「想像の作り話でありながら、本質的なあはれを見せることができる」と、物語について語る部分があります。ほかの女性とこうした話がないところをみると、賢さの象徴として描かれたのが玉鬘だということがわかります。他にも『源氏物語』では、さまざまな人間模様が繰り広げられますが、そのひとつひとつが情緒深く、まさに「もののあはれ」の物語といえましょう。




この『源氏物語』に魅了された人物が三条西実隆(1455〜1537)です。彼は何種か残されていた整合性のとれていない物語の系図を改めて見直し、『実隆本源氏物語系図』を著しました。また注釈書である『源氏物語細流抄』や、物語の一部を自筆した書の名品も残っています。


実隆は古今和歌集における秘伝の解釈を師から弟子へと伝える、いわゆる「古今伝授」というものを、飯尾宗祇という人物から受け継ぎました。そして茶人の武野紹鷗は、三条西実隆から和歌を学びます。このとき授けられた藤原定家の『詠歌大概序』によって紹鷗は茶の湯の極意を悟ったといわれますが、それだけではなく『源氏物語』の「もののあはれ」の重要性も教授されたはずです。


私はこの「もののあはれ」という感動の源泉を見つめ直す視線が、文学史だけでなく、茶の湯の歴史においても大切なのだと感じております。


(根本 知)



第五首は、2021年2月20日(土)に公開予定です。


なお、2021年1月1日に、「ひとうたの茶席」トップページが、お正月仕様に変わります。

さらに、1月2日から3日にかけて、お正月特別企画「岸野田さんインタビュー」を公開予定です。

どうぞお楽しみに。


 

うたと一服


和菓子作家の紫をんさんに、歌に合わせたお菓子を作っていただきました。野の露を映したような色合いです。



菓銘 露のいろ

茶碗 尾形周平 粉引写


紫をんさんWebサイト



(山平 昌子)

 

台紙貼り表具:     

     中廻し・・蔓唐草文金欄

     天地・・フシナナコ

裂地を胡桃の殻で再度染めたもの。

     軸先・・紫檀

       

同様の作品を、ご希望の歌やお手持ちの裂地で作成いたします。

お気軽にご相談ください。

 

【お知らせ】

「うたと一服」へのたくさんの投稿、誠にありがとうございました。よく知られた歌の他、自作の俳句や絵をご披露いただいた方もいらっしゃり、一同大変楽しく拝見いたしました。

景品の当選者の発表は、商品の発送を持って変えさせていただきます。

なお、今後も引き続き、「うたと一服」への皆様の投稿をお待ちしております。


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