言霊
- 6 日前
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更新日:6 日前
大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は
煙立ち立つ 海原は かまめ立ち立つ うまし国ぞ あきつ島 大和の国は
-舒明天皇
(大意)
やまとには多くの山々があるが、とりわけ立派な天香山に登って国見をすると、国土には生活の煙がしきりに立ち、水上には鴎が飛び立っている。美しい国よ、やまとの国は。
春の始めに高い場所に登って国の自然を見渡す「国見」という行事は、もともと民間で行われていた春山入りの儀式の一部でした。
「春山入り」とは、春に山に入り、桜などの花をはじめとする自然を楽しむ日本の古い風習です。これには田の神様を里に迎え、冬の神様を山に送り返すという儀式的な意味もあり、ご馳走やお酒を用意して豊作を祈願しました。それとともに、一年の始まりに自分たちの住む土地や自然を眺めて歌を詠い、自然の恵みを褒め讃えます。いつしかこの行事は、為政者が高い場所に登り、四方を見渡して国の様子を判断する政治的な儀式へと変化していきました。

見ることによる国土への祈願、また国土の支配という土着の思想が、天皇によって実践されていきますが、とくに舒明(じょめい)天皇は、香具山に登り、国見の儀礼を執り行いました。古代信仰に基づき、香具山を祭儀の斎場、つまり「天上の山」と見立てたのです。この見立ては、舒明天皇自身が高天原の神話に基づく出自であると示す意味もありました。しかしその国見歌には海原が詠われているのにもかかわらず、奈良には海はありません。

こうした点について神に捧げる祝詞の歴史をさかのぼってみると、天皇の支配の領域が「大野原~青海原」、「青海原~陸」など、舒明天皇の歌にある「国原~海原」と共通性がみられることがわかります。先学には「国」と「海」の対句表現が、祝詞という神の力の呪符と関係している、との指摘もあります。つまり、実際に海は見えなくとも、舒明天皇の幻想的視野が拡がることによって日本に恵みがもたらされ、美しい国となることを願った歌だったと考えられるのです。
「言霊」とは言葉に宿ると信じられた不思議な力のことをいいます。言葉は単なる記号ではなく、歌にして詠うことでその力が増幅されると信じられていました。言葉に出すことで叶うと確信していた時代。そこには、言葉に対する絶対的な信頼があったのです。

ところで、律令制が軌道にのると旅人が増えましたが、それは中央政府と地方の国府が情報を共有するためでもありました。そうした人々は各地で歌を詠みました。その土地を讃え、歌にすることで神を寿ぐ。そのような自然への感謝の想いが災いを遠ざけ、旅の安全のための願掛けにもなったと考えられます。やがてそれは家郷への想いも含んだ「羇旅歌(きりょか)」となり、『万葉集』に収められていきます。

「歌枕」とは、文学におけるよく詠まれる特定の地名や場所を指します。その土地には、古くからの伝承や美しい景観、文化的背景があって、詠み手や読み手に特定のイメージや感情を呼び起こします。つまり、単なる地名ではなく、情緒や象徴性を帯びた言葉として立ち上がるのです。この背景には、「国見」や「羇旅歌」に見られるような、古き日本人の自然への清き眼差しがあります。『万葉集』は、言葉の力、自然への畏怖の念を忘れてはならないということを、改めて感じさせてくれるのです。

(根本 知)
今月の御菓子:草餅

奈良時代にも、人々は蓬(よもぎ)を味わっていたのでしょうか。明治二年創業の老舗の草餅は、野の香りをそのままに、春の息吹を伝えてくれました。
志"満ん草餅(東京 墨田区)
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