安曇野に岸野さんを訪ねる(後半)

本日は、ようやく表具師の道に進むことを決めた岸野さんの、今に続くお話です。


表具師を目指す


田:表具師になろうと思って、まず京都に修行に行くことを考えました。でもそこは一見さんお断りの世界です。京都らしい洗礼も受けました。


昌:画家の息子でもダメなのですか。


田:お父さんが表具師、というレベルでないと難しいんでしょうね。そのうち、ハローワークの求人の話をもらいました。静岡県にある、国宝の修繕をやっているような会社だったので応募してみたら、表具師ではなく、事務員の募集でした。しかも実際は、事務所の移転のために男手が欲しかっただけらしく、試用期間という1週間、引っ越しの手伝いに行ったようなものでした。でもそこでの働きが良かったのか、しばらく働けることになりました。


昌:なるほど。


田:でも結局、1年で辞めることになったんです。


昌:早いですね。


田:学生時代の怠け癖が抜けないところがあったんですよね。とても良くしていただいたのにと、今は反省しています。


その後、和敬塾の先輩を頼って、奈良の東大寺お抱えの表具師のところで修行できることになりました。


昌:和敬塾の人脈がここで活かされるわけですね。


田:そこで5年間修行させてもらいました。修学旅行生に野次られながら、東大寺のぼんぼりを張り替えたりしましたよ。でも人間関係がうまくいかなくなったりして、一応独立という形で長野に帰って来ました。


戻って来て、小諸市の石井栄象堂さんに教えていただいたりしながら、まずは家族の作品の表具から始め、徐々に仕事を広げていった感じです。




昌:結果的にお父上の予言通りになったと。お父上はやはり田さんの資質を見抜いていたんでしょうか。


田:どちらかと言うと刷り込みだと思います。父は、表具代が浮いてしめしめと思っているのではないでしょうか(笑)。


昌:一見なりゆき任せのようなプロセスで、今の田さんがあるんですね。


田:僕はかなりレアケースの表具師だと思います。今でも、京都に修行に行けていたら、と思うことはありますよ。もちろん辛いこともたくさんあるだろうけれど、伝統的な技法をきちんと学んでおきたかった、という気持ちはあります。



書家・根本さんとの関係、作品づくりのこと


昌:作品を完成させるまでの田さんと根本さんのやりとりを、面白い関係だなあと拝見しています。根本さんは一見強引なようで、いつも田さんを気にかけていて、とても尊重されているんだな、と感じます。


お二人は大東文化大学の同期生なんですよね。


田:そうなんです。でも先ほどお話したように、僕はあまり大学に行かなかったので、在学中はほとんどお話したことがなかったんです。話した記憶と言えば、ゼミ旅行で一度同室になった時くらいです。


昌:田さんが各所で修行されていた間にも連絡されていたんですか?


田:いえ、ほとんどやりとりはなかったような・・。でも今思い出せば、折に触れて連絡をもらっていたような気がします。作品を表具するようになったのは最近のことです。


昌:根本さんは田さんに、きっと何かご縁を感じてらっしゃったんでしょうね。


作品は、どのように作られるんですか?


田:根本さんから作品が唐突に送られてきます。


昌:唐突に。紙を田さんが提案されることはないんですか?


田:ほとんどありません。まれに、特徴的な紙を、「これを使おう」と提案することはありますが。


田:その紙に合わせて、どの裂地を合わせるか、どういう形にするか、をLINEや電話で話し合いながら決めていきます。例えば案を出すと、「もうちょっと東京っぽくして」と言われたりなんかします。


昌:東京っぽく・・。


田:分かるけどさ、という感じですよね。


昌:分かるでしょうか。


田:なんとなく分かるようになりました(笑)。


昌:それほど多くの作品を拝見したわけではないですが、根本さんの作品には、「根本カラー」とでも呼べそうな、共通したトーンがある気がします。


田:やはり書家さんごとに、似合う色というのがある気がしますね。根本さんは都会的な色合いです。もちろん字に合わせて作品を作りますが、自然とご本人の雰囲気に似るように思います。




田:作品を作るとき、いつも寂しくならないように、ということを気をつけています。ある画家の方が「人気(ひとけ)のない絵は駄目」とおっしゃっていました。表具は絵とは違いますが、せっかく作品に着物を着せて綺麗にしようと言うときに、貧相だったり、寂しいのはいけない。


僕はややでっぷり、豪華に作って、根本さんに少し都会的に直される、という関係かもしれません。


昌:これまでいろいろな表具を手がけて来られたと思いますが、一番心に残っている作品はなんですか?


田:曽祖母の手形です。父はおばあちゃん子で、米寿の時の手形を取っておいたんです。額にするのもどうかなぁとずっと置いてあった物を、ひ孫である僕が表具にすることができたのが嬉しかった。裂地は祖母の着物で、大正時代のものです。そうやって世代を超えることができるのも、表具の魅力のひとつだと思います。



写真:山平 敦史

(※手形の軸以外)

文:山平 昌子



※ひとうたの茶席 第五首は、2021年2月21日(土)に公開予定です。

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